こんばんは。三輪田理央です。
インカレまであと7日。

カウントダウンは水上チームです。
「BreakThrough」
キャラ濃いですね〜。メンバーもHACメンバーも熱いやつばっかりです。
今年も大暴れしてね。

自分が差し入れした東京ばなな食べてるびおらとたくとです。
おいしかったかな?


ちょけてんのはみこととぱなえです。
まじ2人とも調子いいね。
1バタかましてやろうな。
ラストブログに移りたいと思います。
こんばんは。三輪田理央です。
インカレまであと7日。
自分の水泳人生はあと1週間と3日。
17年続けてきた水泳もとうとう最終章。
前までは早く引退したいとか思っていたけど
いざ引退が近づいてくると、すごく寂しいです。
自分の生活に欠かせなかった水泳。
それがなくなってしまうと考えるとゾッとします。
この生活がこのまま一生続けばいいのになんて思ったりして。
そんなことも言っていられず、インカレはもうすぐそこです。
みんな準備できてるかな?
俺はいつでもやれます。
みんなと過ごせる残り少ない時間。
一瞬一瞬を噛み締めながら、水泳人生に幕を下ろそうと思います。
自分のラストブログは
後輩たち、これを見ている人たちに伝えたいことを綴っていこうと思います。
長いです🙇♀️
まずは自分のことを知らない人のために自己紹介と自分の水泳人生について、みんなが知らない裏側の話をしようと思います。
(気になるよね?)
自分は愛知県名古屋市の守山区という名古屋の端の町で生まれました。水泳を始めたのは5歳で姉がやっていたのでつられるように始めました。
ルネサンス小幡というスイミングクラブでした。懐かしい。
小学校2年生までそこで水泳してて選手コースに上がったのも2年生だったかな。

(自分は背泳ぎを飛び級したので習っていないんです。だから遅いんです。。)
その後家の近所に新しいスイミングクラブができたから移籍しました。そこがビート守山でした。ほんとに近いんですよ。車で5分。最高の環境でした。
競技成績はというと愛知県の中ではそこそこでしたが全国大会には程遠いスイマーでした。
ほんっっっっっとに練習が大嫌いだったんですよ。
しんどい思いするのが嫌だったし先生厳しいし。
もっと早くから頑張ってたら良かったな。今になってすごい思います。
斎藤先生ごめんなさい🙏
それでも中学校では3年生で全国中学に出場しました。人生で初めて全国大会の標準を切れた時はなんともいえない気持ちでした。クラブの先生と家族に感謝の気持ちでいっぱいでした。斎藤先生と家族を全国大会に連れて行けるのがとても嬉しかったです。斎藤先生はずっと自分に期待してくれてたからやっと応えられたって気持ちが大きかったかな。
初めての全国大会。
最悪でした。
まず1週間前に熱を出して体調不良。
不完全の状態で会場に乗り込みました。
記憶にないくらい緊張した。
結果は言わなくてもわかるよね。下から数えた方が早かったです。
こうして初の全国大会は苦い思い出となり中学最後の夏を終えました。
進路選択の時期。
自分は愛知県でスーパースターたちの集まる中京大中京に憧れていました。
「あのガウンを着て日本一を獲りたい。」
ご縁もあって中京大中京高校に進学することができました。
周りは速い人たちばかりでとても新鮮な環境でした。
日本一の先輩がいたり。
自分の同期なんかは全中2冠してる人がいたり、
全国のメダルは当たり前な人がいたり、とにかく全国の猛者たちが集まってて。
こんな環境で自分が水泳出来ることに感謝の気持ちと少しの不安がありました。
ほんとにやれるのかな。レギュラー入ってインターハイ出れるのかなって。日本一になれるのかなって。
1年目の夏はダメでした。
ベストは出ていたもののインターハイ標準は割れませんでした。
このままではダメだなと思いはじめたのがこの頃でした。
変わるきっかけをくれたのは高校の恩師である竹内先生と、内藤先生、そして高校の同期たちです。
高校に入ってから竹内先生の鬼のような練習で体力と根性を叩き込まれました。
(根性がメインかな笑、、)

そして内藤先生には泳ぎや体づくりなど細い面でのご指導をいただきました。
(教育実習では大変お世話になりました🙇)
お二人にはとても感謝しています。

そして同期たちはみんなおもろいし寄り添ってくれるし。どんなことも一緒に乗り越えてきたので本当に家族みたいな人たちでした。

県合宿の合間に組体操したり、校舎の裏で髪切ってたり、鉄棒でバレーしたり、試合の控え場所でバカやったり、ここでは言えないこともたくさんやったなー。




みんながいなかったら今の自分はいないと思います。本当にありがとう。大好きです。

話はそれましたが、
その後、人生で初めてのJOを切ることができました。高校1年の秋でした、、
びっくりですよね。
自分で振り返ってみても意味わかんないです。
中京大の後輩たちはみんな昔から速いからこんな人がメンバー入ってるとかびっくりだと思います。
中学校の頃までは練習が嫌いだったんです。そりゃ頑張れないやつは勝てないですね。
この頃から勢いづいてどんどんベストを更新していき、2年目の夏はインターハイに出れました。
少しベストを出せば決勝もあると望んだインターハイ。
二種目とも予選落ち。
1バタの後、観客席で死ぬほど泣きました。
絶対にリベンジしてやると竹内先生と2人で誓いました。
ここから自分の水泳人生は大きく動いていきました。
その後も順調にタイムを伸ばし、
高校2年の冬に初めて日本選手権のタイムを切ることができました。
嬉しかったなあー。
とうとう自分もここまでくることができたかと。
確か新フェスだったと思います。トビオの。
レースから控え場所に帰るまで愛知県の色んな先生方からお祝いの言葉をもらいました。
愛知県のコーチたちにはたくさんお世話になったので恩返しができた気がします。
また、その後すぐにあった浜名湾長水路。
今でも覚えています。
人生で初めての2分切り。
タッチして電光掲示板を見た瞬間。
一桁目が2じゃなくて1。
痺れたぁー。
ベストを出すのって気持ちーって思えました。
その後すぐに代表選考会があって人生で初めての辰巳に行きました。

JOじゃなくて選手権で来れたのが嬉しいのか悔しいのか。複雑な気持ちでした。
(夏のJOはラクタブだったから)
確か竹内先生に辰巳のプールサイドを案内された時に、全国の色んな先生方に「こいつ辰巳初めてなんだよー!」って言っててめっちゃ恥ずかしい思いしたのを覚えてます😭
今までテレビで見た人たちと同じプールで泳げて、間近で泳ぎを見れて。
とっても良い刺激になりました。
全然ベスト出なかったけど、、、
高校水泳も3年目になり、迎えた日本選手権。
ナショナル突破。初めてのB決勝。

ほんとになにもかもが新鮮で、
昔の落ちこぼれだった頃と大違いの自分。
頑張ってて良かった。
自分の高校水泳は順調に進んでいました。
そして迎えた3年目のインターハイ。
ジュニパン組を除けばその年の選手権では全国1位。やれる。今年こそ勝つ。
この年は個人だけでなくチームでも日本一を狙っていました。
自分が水泳をチームスポーツだと初めて思ったのもこの時でした。
練習から日本一を全員で意識してた。絶対に獲ってやる。俺らがやる。
自信満々で乗り込んだ高知。
結果は総合準優勝。

2バタは3位。

くっっっっっっっっっそ悔しかった。
個人で日本一獲れなかったのは自分の実力不足。勝負弱さを実感しました。
でも、高知まで見に来てくれていた斎藤先生にメダルをかけてあげれてよかった。

2バタが終わってホテルに帰ったら、るかとぎんじとりょうまが笑顔で迎えてくれて。
まるで自分のことのように喜んでくれてすごい嬉しかった。

総合はたったの20点差。
誰のせいでもない。
でも、自分が少しでも速く泳いでいれば。
何か変わっていたかもしれない。
200で優勝していれば。
100でB決じゃなくA決に残っていれば。
特にメドレーリレー。自分のせいでメダルを逃した。やすえ、りんちゃん、るか、ごめん。
勝負の世界にたらればは通用しません。
全員で、
チームが1つになって、
全力で戦って、負けた。
総合の表彰の後、
るかと2人で更衣室でずっと泣いたよね。
色んな感情が溢れ出ました。
たくさん辛いこともあったし、乗り越えてきた。でも獲れなかった。みんな本当にごめん。
体育館に戻る道で竹内先生が泣きながら
「ごめんな。お前らはよく頑張った。」
そう言ってくれました。少しだけ救われた気がします。あんなに厳しい竹内先生も一緒に戦ってくれていました。一緒に悔しがってくれてた。
それでも負けは負けです。
勝負の世界は甘くないと思い知らされました。
こうして自分の高校の夏は終わりました。

高校時代はたくさんのことを学びました。
自分が水泳で1番大事にしていることでもあるのですが
「最後は気持ちが強い奴が勝つ」
ラスト50m。よーいどん。この時勝つのは1番スピードがあるやつでも、1番体力があるやつでもないと思います。
気持ちが1番強い人です。
そのレースにかける思いが熱ければ熱いほどその人は強いです。
メンタルは水泳においても水泳以外のことにおいても大切なことだと思います。鍛えておいて損はないと思います。
今の自分の水泳のスタイルがあるのは高校時代のおかげです。ほんとに。4バタ10本ハードとか一生やりたくない、(長水だよ、)
自分の人生で1番きつかった練習も高校の練習でした。
200×10
100×20
50×40
これです。全部S1ね。全部ハード。しかも1回の練習でだよ。今見ると笑えますね、、、
あの頃の自分。よく頑張った!!
高校時代はざっとこんな感じかな。
自分の水泳人生が大きく動いたのもこの時。
かけがえのない時間でした。

次は大学のことを話していこうかな。
大学を決める時、自分は大学でも水泳を続けるか悩んでいました。6.7月ごろだったかな。
なのではっきりさせるためにある条件を決めました。
「日本一になったらやめる」
確かインターハイ出発の朝に両親に言いました。
これが自分の覚悟。日本一の景色が見たい。それが手に入ればもう何もいらない、当時の自分はそう思っていました。
今振り返ってみるとこの決断は良かったと思います。
もし自分がインターハイ優勝して大学水泳を続けていても、ここまで熱い気持ちを持てていたか正直わからないからです。
神様は自分に「大学水泳」という最高の舞台を体験させてくれるためにあの時負けさせたのかな。
なんて思ったりします。(ださい。言い訳です。負けたのは実力不足!)
ということで大学で水泳を続けることに決めました。
話は戻り、インターハイの前に大学の体験はちょくちょく行ってたんです。でもどこの練習行っても高校の練習より楽しくなくて。
(大中京の練習がおもろすぎるだけかもね。)
なんだよ。大学水泳なんて所詮こんなもんかよ。とか思ってました。
こんなひねくれてた自分を驚かしたのが、
「中京大学」でした🔥
当時はバタフライの選手がたくさんいて練習おもろそって思ったので、体験に行かせてください!と内藤先生にお願いしにいったのを覚えてます。
ここだけの話なんですけど、
僕は中京大学からお誘いを一切受けていませんでした。(誘われて入ってるみんなはすごいんだよ!!)
なので体験に行った時
「中京大中京の子はみんな関東行くから来ないと思ってた!」と言われました。
はい。建前ですね。自分には全く興味なかったんだと痛感しました笑
んで練習に参加させてもらったら、、、
ちょーーーーー楽しかった!!!笑
なんていうんだろう。雰囲気とか居心地とかが最高でした。
「あ、大学で水泳やるならここしかないわ」
そう思いましたね。
確か西小野さんとあおばさんが同じシフトの練習でめちゃくちゃ話してくれたの覚えてます。まじ感謝です🙏
てな感じで中京大学を選びました。
大学水泳を振り返ってみると正直しんどいことの方が多かったと思います。
自分は4年間レギュラーとしてインカレに出させてもらえていますが特に1.2年目はしんどかったです。
まず入学してすぐの選手権が終わったあと、カンピロバクターという食中毒になってしまい、1週間ほど練習ができなくなってしまいました。
体重はみるみる落ちていき、練習に復帰する頃には確か5.6キロ落ちていたと思います。
つらかった。自分の大学水泳の始まりはこんな試練があるのかと。
その後も慣れない寮生活で水泳の調子は下がっていき、
高校時代の自分を超えられず苦しかったです。
特にしんどかったのは練習です。自分はその頃たくさんバタフライの選手がいて同じ練習をしていたのですが、
自分よりもベストが遅い選手に練習で勝てない。
今までの水泳人生で味わうことがなかった感覚。相当メンタルにきました。自分が情けないし、むかつきました。
練習に行くのがストレスで、水泳のことを嫌いになっていきました。
ある時ほんとにどうしようもなくて練習の後のドライをボイコットした時がありました、、
ほんとに心がしんどかったから。
そんなどうしようもない自分に太陽さんが話を聞きに来てくれました。
自分は人に相談したり、弱音を吐くのが苦手なのでこの時初めて自分の気持ちを打ち明けました。
太陽さんはしっかり自分の話を聞いてくれたし、少し厳しい言葉も交えてアドバイスもしてくれました。
「周りのことなんか気にしちゃダメ。理央は理央なんだから。自分のやるべきことをやりなさい。」
今でも自分の練習する時の軸になっています。
太陽さん。ほんとにありがとうございます。
この時から練習に対する姿勢も変わったし、取り組む時の気持ちも軽くなりました。
人は人。気にする必要なんかない。自分のやることをやるだけ。
やることやれば試合で勝てるんだから。
映画「F1」で出てくる言葉なのですが、
「周りの声は雑音」
ほんとにいい言葉です。
他人からの見え方ばかり気にしていると、目の前のやるべきことが見えづらくなり、パフォーマンスも下がっていきます。
大事なのは目の前の今の自分に集中すること。
一段と成長できた気がします。
水泳の成績はというと、
メンバーには入れておらず、ついに最終選考になってしまいました。
予選でもシーズンでは1番速いタイムで泳いだけど、入れず。
もうダメなのか。
そんな気持ちより先に、
絶対決勝で勝てる。そう思いました。
不思議ですね。後1本しかないのにどこからこんな自信が湧いたのか。
迎えた決勝のレース。
入場の前の待機場所で手が震えてました。
笑えます。そらそうですよね。このレース外したら、インカレで泳げないんだから。
インターハイぶりに味わう緊張感でした。
スタートの直前。メンバー争いをしていたのは4年生2人だったので、自分のことを応援してくれている人はほぼいなかった。
でもほんの一瞬
飛び交う4年生への声援の中、
よーすけが自分の名前を叫ぶ声が聞こえました。
めちゃくちゃ嬉しかった。
緊張を抑えられたのもこれのおかげです。
ありがとう。
しかもよーすけはこのレースの直前にインカレメンバーから外れてしまっていました。
それなのに人のことを応援できる。
こんな熱い人いません。
中京大の後輩たち。同期見てるかな。
これが俺たちの主将なんだよ。
俺が信じてる熱い男。
こんなに熱い奴他にいないって。信じろ。
よーすけを。
話逸れたけど
結果はというと、
なんとかメンバーを勝ち取れました。
嬉しかった。
久しぶりに2分も切れたし。
挫けずに最後まで頑張って良かった。
でも4年生の1人がメンバー落ちしてしまった。
その人の分まで自分が戦わないと。
メンバーにはその責任がある。
迎えた初めてのインカレ。

朝のアップからものすごく緊張してた。
今まで味わってきたことのない感覚。
招集所を出ていざレース。
プールサイドに入場した。
ものすごい大歓声。
空気が震えてた。
シリコンで耳を隠しても聞こえるみんなの声援。
鼓膜が破れるのかと思った。
こんなに応援されたのは初めてだった。
スタート台に上がった時
今までにないくらい、手足が震えてた。
あの大声援に必ず応えなきゃいけない。
色んな思いが頭をよぎった。
一瞬
すぐにレースは終わってた。
掲示板を見なくても分かる。
遅い。
予選落ち。
1番やってはいけないことをしてしまいました。
自分がA決に残らなければいけなかったのに。
何も貢献できなかったのがチームに申し訳なかった。4年生に顔を見せれなかった。
自分の初めてのインカレはあっけなく終わってしまいました。
これがインカレです。
熱いお祭りというイメージがあるかもしれませんがその裏側は残酷だということを知りました。
絶対にインカレで活躍する。
そのためにその後はがむしゃらに練習をしてました。
その成果も実り、1年の春のオリンピックの選考会では1年ぶりのベストと準決勝に進むことができました。
この試合はすごく印象に残ってます。初めてのオリンピックの選考会でふだんの日本選手権とは違う緊張感がありましたね。
(有名な速い人たちがすごいピリピリしてた)
初めて泳ぐ夜7時からのレース。楽しかったな。
2年目に入りました。

インカレまでは順調でした。
メンバーにも入れて。
「インカレで57秒を出してA決」
このために半年以上練習を重ねていました。
絶対行けると思ってた。
それでもやっぱり水泳は甘くないですね。
2年目のインカレはB決。
コンマ数秒でA決を逃してしまう、自分の勝負弱さに嫌気がさしました。
悔しかった。特に自分だけA決に残らなかったことが1番悔しかった。
前日にしゅういちろうがA決残ってて、その日はよーすけがA決残ってて。
同期がインカレで活躍するのは自分のことのように嬉しいし、最高なんだけど、この時は悔しい気持ちの方が大きかったです。
4日目の怒涛のA決ラッシュ。
今でも覚えてます。最高におもろかったし、興奮しました。
特に2ブレはやばかったですね。
海太さんがタッチしてすぐもう泣いてました笑
4年生の魂を感じたし、これが最終学年の力かと思い知らされました。
こんなかっこいい4年になりたい。
そう思いました。
まじでかっこよかったです。3人とも。
てな感じで2年目のインカレは終わりました。
この年は昨年よりも苦い思い出となった気がします。周りに置いて行かれている自分。変わらないといけない。
このインカレの後次のインカレの目標が決まりました。
「天皇杯」
自分が目指していた日本一。ついにチームで目指せる時が来ました。
高校3年のインターハイでは見れなかった景色。
あと一歩届かなかった栄光。
絶対に俺たちが獲る。
こんな熱い気持ちになったのは初めてだったかもしれません。こんな気持ちになれたのもこのチームのおかげだと思います。
毎日同じ屋根の下で寝て、同じ釜の飯を食べて、みんなで同じ目標に向かって。
天皇杯を獲れるのはこの年しかない。
この熱い先輩達、後輩達と絶対に獲る。そう思って臨んだ3年目の水泳でした。
幸先は良かった。
春の選手権も初めての57秒で2本泳げて。
(あ、水泳人生いちばんの心残りは選手権でA決に残れなかったことです。こん時がいちばん近かった。9位でした、、
万年B決の男ですね。)
んで、この年は200だけじゃなく、100でもメンバーに入れて、良い感じだったんですけどねー。
7月の中部インカレでそれは起きました。
決勝前のウォーミングアップで壁に激突。
救急車で運ばれ、手術を受けました。
頭のてっぺんがぱっくり割れちゃって。
プールサイドで倒れてた時
「あ、俺もう水泳できないのかも」
そう思いました。
ですが運良く生き残りました。
神様はまたもや試練を与えてきましたね。
その後すぐに練習に戻って無理やり練習を続けてました。ほんとは3週間安静とお医者さんに言われてましたが、、
インカレまで時間ないんだよ!
天皇杯獲るって決めたんだから!
俺がやらないと!
ほんとに気持ちでなんとか誤魔化してました。
ですが、それどころじゃなかったです。
頭を打った影響で壁が怖くなってしまい、無意識に頭が上がるようになってしまいました。
最悪です。くっそ遅い。
インカレの前日まで調子は上がりませんでした。
迎えた怒涛の3年目のインカレでした。

「天皇杯」
男子全員がこの目標に向かって熱く戦い抜いた4日間でした。
結果は総合3位。
日本一の壁は高かった。
また届かなかった。
これでもまだ届かないのか。
自分個人の結果は100m200mともに7位。
100は予選でベストを出せた。インカレでの初ベストだった。

少し裏側の話をすると、、、
4日目の時点で中央大学に点数で追いつかれていたんです。
そして50のFRでじゅんごさんがB決になってしまって。
スタッフに言われました。
「お前がA決に残らないと終わる」
すんごいプレッシャーかけてくんじゃんと思いましたね。
もともとそのつもりだったからいいけど。
誰かがミスしてしまうのは仕方がないです。
でもそれを
「俺が取り返す」
って言える人がいるチームが強いと思う。
この時の自分もそうでした。
先輩が外したのなんか関係ない。
俺がその分点数取り返してやる。
あの時の1バタは周りの誰よりも熱い気持ち持ってレースに挑んでたましたね。
だからラスト差し切れたのかな。
話を戻すと、
点数は獲れたけどまだ自分にできることはあったのかもしれない。
後悔が残る。
先輩達にも本当に申し訳なかった。絶対に獲ると約束したし、獲らなきゃいけなかった。だが他の大学に負けてしまった。現実は甘くなかった。
ですが、前を向かないと。もう次のインカレは迫ってます。
落ち込んでる暇もありません。
今年の目標は総合準優勝。
良い目標だと思います。
日本一をずっと目指してた自分にとっては悔しいけれど、実際のところ準優勝だって相当高い目標です。全員が実力以上のものを出さないといけません。
自分はこの目標に向かって全力で練習してました。
3年の冬
苦しかった。
怪我や病気が重なり思うように練習ができない
日々が続いていました。
そして年末年始。
合宿にも連れてってもらえず、練習に身が入りませんでした。
なんのためにやってたんだっけ。
この時は見失ってました。
自分がやるべきことを。
毎年ベストを出していた春の選手権もベストを出せず。
ですがこの試合で、自分の気持ちに整理がつきました。
なんのために水泳をしていたのか。
「最高の仲間たちと最高の景色を見るため」

忘れていました。水泳を続けると決めた時、
なぜこの大学を選んだのか。
熱い気持ちを持ってる仲間たち。最高に盛り上がるチーム。
この大切な仲間たちのために泳ぐこと。
これが自分の泳ぐ理由です。
速く泳ぐことが全てじゃない。
自分を信じてくれる仲間たちに届けるレースをしたい。
このチームじゃなければここまで水泳はしていなかったし、ここまで人として成長できなかったと思います。
そんなチームと仲間たちに感謝の気持ちを伝えたい。
自分のレースで。
中京大学水泳部に恩返し。
そして迎えた4年目です。
どうですかね、意外かな。大したことないって思う人の方が多いかな。
でも、これだけは言えます。
「中京大学水泳部」
このチームに自分より熱い気持ちを持ってる人はいないと思います。
絶対に。
いるならさとよーかたくとくらいかな。
自分が高校生の時水泳をチームスポーツと思った時から、
大学水泳で一番輝いてて、
一番チームでインカレを戦っていたのは
中京大学です。
このチームのために全てを尽くす。
特に4年目から自分はチームのためになることを探して動くようにしました。
1年生がチームに馴染めるように積極的に話しかけに行ったり、
後輩に泳ぎやレースのアドバイスを行ったり、
元々応援を積極的に行っていたので、応援と応援以外でもチームを盛り上げたり。
みんなには伝わってないかもしれないけど、
みんなと泳ぐこの一瞬のために。
この最高のチームのために。
このチームの最後の景色まで。
やれることを全部やろう。
俺がやらなきゃいけないこと。
俺にしかできないこと。
ここからはこれを読んでる人に伝えたいことを書いていこうと思います。
(特に後輩たち)
感謝フェーズはもうちょい後かな。
ここまで長ったよね。読んでくれてる人。ありがとうございます。ぜひ最後まで読んでください。
もうちょっとだけ付き合ってね。
まずは水泳のこと。
人はみんな生まれ持った「才能」があります。
走るのが速いとか、絵描くのが上手いとか、
それは人それぞれバラバラの生まれ持った力です。
よく水泳界では、「あいつは天才だ」とか、
「あの人の水泳の才能には勝てない」
などといった言葉が使われますよね。
みんなには
「自分はあの人より才能ないから勝てない」
とは思ってほしくないです。
才能は人それぞれバラバラで、「個性」があると思います。
この才能のせいにして、言い訳をしてほしくないです。
例えば自分の場合は、
正直に言うと、
中京大学水泳部の中でもかなり飛び出て
水泳の才能、センスがほぼないです。
何いってんだとか思う人もいるかもだけど本当です。
自分は水泳の才能はほぼ皆無です。
だけど
水泳の才能がある飛び抜けて出てる人たちに絶対に勝てないと思ったことは1度もありません。
なぜなら
自分の才能は
「自分の弱さを自覚できること」
「人より努力できること」
「ポジティブな思考に置き換えられること」
だからです。
自分の弱さを自覚できるから、自分の足りないところに気づくとができる。
どんなに苦しいことでも諦めずに努力することができる。
苦しい、しんどい時でも前向きに捉えて気楽に生きることができる。
この才能があったから今の自分があります。
自分の場合はこんな感じだけど、
みんなにもたくさん、色んな才能があります。
まずはその才能を知ること。
そしてもっと自分を褒めてあげて。
そんなに素晴らしい才能があるんだから。
できないことなんて絶対ない。
だから諦めたり、逃げ出したりしないでほしい。
最後は絶対に笑って終われる日が来るから。
次は水泳にも他のことにもあてはまることかな。
壁にぶち当たること。みんなあると思います。
色んな理由で辛くなったり、しんどくなったり。
この時に逃げ出して、考えるのをやめて欲しくないです。
気持ちはとっても分かります。
自分も今まで逃げたり、現実から目を背けたくなることたくさんありました。
でも逃げたって何も変わりません。
時間が解決することなんてほとんどない。
自分が動くしか道はありません。
俺が好きな曲の歌詞なんですけど、
「諦めちゃそこで終わり。
やらかして転けたってそれが何?
下向いててもただ悲しい。
だけど俺らがいるよお前の隣。」
みんなにはそんなマインドでいてほしい。
ほんとにどうしようもない時は周りの人を頼って。
人に頼ることが難しい人もいると思う。
自分もそうだったし。
でもその踏み出す一歩が今後の人生を大きく変えるかもしれない。
そう思ったらその一歩は軽くなるはず。
人間なんてみんな頼って頼られて。
そんなものです。
人との繋がりが人生を豊かにしてくれます。
信じ合える仲間たちを大切にしてほしい。
次は中京の応援について。
中京の応援は日本一と呼ばれています。
それに相応しい応援、なんならそれ以上のものが応援にはあります。
みんなの応援はほんとうに力になります。
レース前にみんなの声が聞こえると、自然に笑顔になるし、緊張も解けます。
どんなに苦しい時でもみんなが応援してくれるから諦めずに泳ぐことができる。
力の源です。
何度これに助けられたことか、、、
だからこそ今、耳が痛いことを言います。
今の応援じゃインカレでは戦えない。
4年目になって色んな試合で応援をする機会がありました。
正直、去年までのような覇気がこのチームには足りていないと感じます。
もちろん熱いパッション持って全力で応援してくれる熱い人もたくさんいます。
(特に今の一年生は素晴らしいです。誰もお願いしてないのにメンバーのメイン練習の応援に来てくれたり。みんなはもっとビッグになれると思います。)
でも、
中京大学水泳部
このチーム全員が
全力で応援できてるのかな、
応援しないことが悪いと言いたい訳ではないです。
だけど今のままで本当に戦えるのか。
みんな自分の胸に手を当てて考えてほしい。
「誰かがやってくれるから自分はいいや」
そんな風になってないかな。
メンバーの人たち
HACの人たちの応援に頼りすぎてないかな。
応援は全員が一つになってやることに意味があります。
そして一つになった応援はより強い力になって泳ぐ人を助けてくれます。
自分が1年生の時、当時4年生だった卓さんが言っていたことです。
「自分は応援してもらうのに、人のこと応援できない選手にはなるな」
これを言われた時から自分が応援に対する姿勢と意識が変わりました。
少し荒っぽく聞こえる言葉かもしれないけど
応援の本質を捉えている言葉だと思います。
応援の本質。
「応援とは人と人の繋がりであり、信頼である」
自分は卓さんの言葉をこう捉えました。
応援っていうのは、ただ頑張れって声をかけることだけじゃない。
選手が頑張っている姿を見て、応援する人が力をもらったり、
逆に選手が応援されることで「自分は一人じゃない」って思える。
応援する側とされる側が互いに影響し合うことで、人と人との繋がりが生まれる。
水泳は個人競技でも、実際は一人で戦っているわけじゃない。
仲間
家族
コーチや先生
たくさんの人との繋がりがあって、それが力に変わる。
応援とは結果だけを追うためのものではないと思います。
「君なら絶対勝てる」って
無責任に言うんじゃなくて、
「お前がここまでやってきた過程を知っている。だから、最後まで信じる」
ていう気持ちが応援なんじゃないかな。
だから、応援される側も「この人たちは自分を信じてくれている」と感じる。
そしてその信頼があるからこそ、苦しい場面でも自分と仲間を信じて踏ん張れる。
だから応援は単なる「声援」じゃなくて、
人と人が信頼し合い、
互いに力を与え合うもの。
これが自分が応援に対する考えです。
自分が応援に力を入れる理由でもあります。
中京のみんなには覚えておいてほしい。
中京の応援は日本一というプライドを持って。
なぜ中京の応援が日本一なのか。
ただ大きな声を出すことが応援じゃない。
応援とはなんのためにやるのか。
信頼し合える仲間たちのために、
その声が枯れて声が出なくなっても、
応援する気持ちを忘れないでほしい。
次はインカレについて。
水泳人生のところでも話したけどここで改めて話をさせてください。
インカレ。
年に一回のお祭り。
水泳界において日本で一番盛り上がる試合。
こんなに楽しくて面白い試合は他にありません。
大学生スイマーの憧れの舞台です。
このインカレには色んなドラマがあります。
初めてこのインカレを体験する1年生にはそれをよく見ていてほしい。
そして4年生の背中を。
インカレに懸ける想い。
やり遂げなければならない目標。
必ずしも全員が達成することはできません。
悔し涙を浮かべる人もいれば、
嬉し涙で終わる人も。
でもチームとして達成することはできます。
簡単ではありません。
チーム全員が一つになる必要があります。
かたちだけ。
うわべだけ。
それでは絶対に勝てません。
常日頃からチームが一つに、
仲間意識が強く、
インカレに懸ける想いが強いチームだけが
勝つことを許されます。
中京大学水泳部は
全員で同じプールで
同じ練習をして
同じご飯を食べて
一緒に遊んだり、バカやったり
みんなで同じかけがえのない時間を過ごしています。
辛いことも
楽しいことも
みんなで乗り越えてきた。
そんなチームだからこそ一つになれます。
日本にこんなチーム他にありません。
胸を張って言えます。
中京が日本一のチーム。
あとは結果で示すだけです。
みんな心の準備はできてますか?
女子は奥野杯、男子は総合準優勝
大阪の地で中京旋風を巻き起こしましょう🔥
おれたちが一番強い。
絶対大丈夫。
同期たちへ
これ以上ダサい姿を後輩に見せるのはやめよう。
俺たちが引っ張って、道を示してあげないといけない。
良くも悪くも後輩たちは俺たちを信じてくれています。
その気持ちを裏切るようなことをしてはいけない。
最終学年。
今まで見てきた先輩達はどうだった?
言わなくても分かるよね。
中京の名に恥じない人間であれ。
「水泳は人間形成の道なり」
感謝フェーズに移りたいと思います。
まずは家族に。
お父さん。お母さん。お姉ちゃん。
17年も水泳を続けさせてくれてありがとう。
たくさんサポートをしてくれました。
感謝してもしきれません。
お母さんは毎日プールへの送り迎えと、高校の時は駅まで送り迎えをしてくれました。
本当に迷惑をかけっぱなしでした。
お弁当も毎日作ってくれてありがとう。
とってもおいしかったです。
いまだに自炊しても越えられません。
色んな試合一緒に行ったよね。浜松だったり鈴鹿だったり。全中の京都が一番遠かったかな。楽しかったね。
大学に入ってからはどの全国大会も欠かさずに応援に来てくれました。内心とても嬉しかったです。高校の頃はコロナで試合を見せてあげられなかったから。お姉ちゃんもいっぱい応援に来てくれたよね。嬉しかった。また買い物いこ。
美味しいご飯も連れてってね。
お父さんは昔は試合に来ないでって言ってたね。水泳のことを言われるのが嫌だったからです。でも大学生になってから見に来ていいよって言って。見に来てくれて嬉しかったです。
とうとう水泳人生最後のレースです。感謝を伝える泳ぎを見せたいと思います。
17年の集大成。
観客席で見ていてください。
水泳という素晴らしいスポーツと出会わせてくれて本当にありがとう。
次は後輩たちへ
まずは草薙チームのみんな。
俺は今でもみんなのことが大好きです。
最後まで一緒に練習したかったな。
前田とゆーだい。
2人はほんとに面白くて可愛い後輩です。水泳はうまくいかないこと多いかもだけど、自分を信じて、最後まで自分らしく頑張って。
大地
完璧だから言うことないね。来年からは大地がチームを引っ張ると思います。責任感を持ってやってほしい。頑張れ。
林
君がたくさん頑張っているとこ。見てます。努力が報われる日は必ず来ます。諦めないで。
ねんいち
たくさんのサポートありがとう。ねんくんは色んなところに気が配れるから最高のチーフになると思います。チームをまとめる立場になると思うけど気負いせずに頑張ってね。
はなとひな
俺がチームを離れても気にかけてくれてありがとう。一緒に練習したいって言ってくれてすごい嬉しかった。しんどいことあったらいつでも相談してください。インカレ頑張ろう。
いろは
すごい真面目で頑張ってて尊敬してます。試合の応援、積極的にやっててすごい頼もしい。女の子でやれる子なかなかいないからね。応援してます。
さらとみく
2人はいつも切磋琢磨してるよね。みくはowsでも開花しててすごい。泳いだ距離は必ず結果として帰ってくると思うよ。ディスタンスチームを引っ張ってね。
そーまとすま
君たちはものすごいポテンシャルあるよね。毎回驚かされます。しっかりメニュー理解して練習しようね。すまはちゃんと練習前のドライやってますか?サボったらダメだよ。
こーせい
背泳ぎのエースとして入学してきて、しっかり活躍してるこーせいが羨ましいくらいです。これからは先輩としてたくましく頑張ってね。
くりゅう
君もディスタンスのエースとしてたくさんのプレッシャー背負ってると思う。けど、そんなに気負わなくて良いと思う。自分らしさが一番大事だから。インカレではまたぶちかましてね。
ゆづき
ゆづきの足りないところはは人の話ちゃんと聞くことだけだよね。勝負強さあるしすごいよ。辛いことあると思うけど、流されずに頑張って。たまにはサボったっていいんだから。自分らしく。
さき
ミドルもディスタンスも泳げてすごいよね。ゆづきと2人でA決見たいです。ゆっくり自分のペースで頑張って。
みろ(シド)
努力家だよね。コツコツ頑張ってる。競泳でも必ず結果を出せると信じてます。インカレでかっこいいとこ見せてね。あと髪伸ばして。
はまこう
周りからは何も考えてないと思われがちだけど、自分なりに考えて練習してるよね。えらい。自分のやり方曲げずに頑張って。期待してます。
ほんとにみんなと練習できなくなったのが寂しいです。
もう今は話す機会ほとんどないけど
みんなのこと1番応援してます。
頑張って。
もりゆうたくん
読んでるかな。君はものすごーくポテンシャル高くて素晴らしい才能持ってるんだから。もっと自信持って。腐らずに練習してね。ちゃんと練習したら俺なんかすぐ抜かせるよ。はまこうと一緒に中京のバタフライを引っ張ってね。
佐々木チームのみんな。
みんなと練習できたのは1ヶ月しかなかったけど、とっても楽しかった。
男臭いけど、個性があって良いチームだと思う。
佐々木チームの練習はよく自分で考えて泳ぐことが大事だと思うよ。メニューの意図を理解して。なにが自分に必要なのか。よく考えて。
あとは練習中に諦めないことだね!(なかのくん)
みんななら絶対にできるよ。頑張って。
佐々木チームの社会人の方たちへ
こんな自分を受け入れてくださってありがとうございます。本当にみなさんと練習する時間最高でした。佐々木チームへ来てから、水泳をするのがとても楽しくなりました。みなさんのこれからの活躍をお祈りしてます。インカレでは必ず恩返しします。結果で。見ててください。
恩師の方へ
斎藤先生
たくさんお世話になりました。小学校3年生の時から今まで。たくさん迷惑もおかけしました。すみません。水泳のことだけでなく色んなことを教えていただきました。斎藤先生のおかげで今の自分はいます。水泳人生最後のレース。見ててください。全身全霊で泳ぎます。
No pain No gain 99
内藤先生と竹内先生
高校時代たくさんのご指導ありがとうございました。今でも自分の生きる上での軸になっています。いつか必ず中京大中京が総合優勝できると信じています。中京大とどちらが先に取るか勝負ですね。陰ながら応援しています。
祐一郎さん
練習では2ヶ月間という短い間でしたが大変お世話になりました。ほんとに水泳以外でもお世話になりすぎて感謝してもしきれません🙇こんなどうしようもない俺を見捨てずに、拾ってくださってありがとうございます。
恩返しは必ずします。絶対にしなきゃいけない。インカレで必ず。祐一郎さんがいなければここまで水泳を続けることはできませんでした。誰になんと言われようと俺は祐一郎さんと練習できて幸せです。本当にありがとうございます。
光順さん拓也さん
4年間ありがとうございました。色々迷惑をおかけしたと思います。すみませんでした。最後の姿見ていてください。背中で語ります。
高橋先生
いつだったか忘れましたが「57秒は練習すれば誰でも出る」と言われた時、はっと何かに気づかされました。ウエイトや細かい技術の指導など考えさせられることばかりでした。ラストインカレ。最高の結果で恩返しさせてください。
ここからは大切な仲間たちへ
まずはしゅーへー
本当にメンバーおめでとう。最後のインカレを一緒に泳げて嬉しい。しゅーへいはほんとに辛いこと経験してると思うし、ここまで上がってきてるのは奇跡に近いよね。本当に頑張り屋さんだと思います。
インカレはすごい緊張すると思う。
でも俺たちがついてるから。
絶対大丈夫。
30キルしよう。
来年からのチームには君が絶対に必要です。
しゅーへいは本当に慕われてるし、素晴らしい人望の持ち主です。存分に発揮して、チームを引っ張っていってください。応援してる。
次はつっちー
全国チャンピオンとして入学してきて、色んな重圧があったと思う。俺には分からないけどめちゃくちゃしんどかったと思う。
それでも諦めずに毎日練習こんなにもやるかってくらい頑張ってたね。
あと君は練習が強すぎるから試合でなかなか上手くいかなくてへこんでたね。最近なんとかタイム出せるようになってきてよかった。
絶対に実力はついてきてます。
自分を信じて。
あとはたまには練習サボること覚えても良いと思うよ。頑張りすぎて疲れちゃったら意味ないもん。
来年からは中京の平泳ぎを引っ張ると思う。
プレッシャーに打ち勝てる強さを。
つっちーらしく。
次はれおん
れおんはすごい頭で考えすぎかな。もうちょっと柔軟にさ。気楽に行こうよ。
練習が遅いのは俺も一緒だから。
俺が引くぐらい練習してるもん。やばいよまじで。泳ぎすぎ。
でもそれがれおんにあってるなら良いと思う。でも昔のやり方に囚われずに新しいことに挑戦してみるのも良いと思うよ。
変わるきっかけが掴めるといいな。
インカレは無理に気負わずに。
俺たちがついてるから。
楽しんできて。
結果はきっとついてくる。
次はひが
去年のインカレはすごかったよ。ほんとに。
一年生であんなかませるのは比嘉さんだけだよ。まじで痺れたし感動した。
本当にとんでもない度胸の持ち主だと思う。
やっぱ予兆はあったね。
前日のあれ。
今年は何が見れるのか楽しみだなあ
今年はまた違う立場で迎えるインカレだと思う。
でもあくまでもチャレンジャーの気持ちを忘れないでほしい。
また大番狂せしてやろう。
比嘉さんらしいレース。期待してる。
次はしっしーとびおら
佐々木チームで一緒に練習した時間最高だった。2人とも熱いし、まじ最高だよ。
もうちょっと大人になれるといいかもね。
なぎチームで一緒に練習してたら、気づいたら佐々木チームで再開したのはいい思い出だね。
2人には自分を大切にしてほしい。
周りのことなんか気にしなくていいよ。
無視。無視。
2人のことちゃんと分かってくれてる人は周りにたっくさんいるから大丈夫。
自分を信じて、自分らしく。
絶対大丈夫。
応援してるよ。
次はみこと
君もチャンピオンとして入学して去年は辛かったよね。周りに色々言われたし。
それで君はほんとにビッグマウスで心配になるよ。でも今年は違うよな。
一緒に練習してた期間。
懐かしいね。
もう2ヶ月も経ったよ。
辛かったな。よくここまで這い上がったよ。
みことはほんとにポテンシャル高くて羨ましいくらい。
俺が教えたこと絶対忘れんなよ。
「我慢!」
我慢だからな!絶対我慢しろ!
俺のラストレース隣でよかった。
一緒にかましてやろう。
予選で終わんないよね??
A決がラストレースね。
いつか平泳ぎでも輝いてるみことが見たいです。
ちょー期待してます。
こういち
たくさん遊んだし、たくさんご飯食べたね。
話し出したらキリがないくらい。
こういちがベスト出した時、応援しててよかったあと思ったし、めちゃくちゃ自分のことのように嬉しかった。
こういちのぶんまで背負って泳ぎます。
見ててね。
終わったら死ぬほど遊びましょう。
たくとへ
入学してすぐ一緒にホピに行ったの覚えてますか。
懐かしいね。
もうあれから3年も経ってしまいました。
色んなことがあったね。
どれだけ成長できたかな。
7月26日
一生忘れません。
ものすごいプレッシャーの中ベスト出して、メンバー勝ち取って。
もし俺だったらできてないと思う。
たくとの強さにくらいました。
決まった瞬間涙が止まんなかったし、本当によかった。
もう1週間です。
あの熱い場所まで。
最後まで俺たちらしく、
自分らしく突っ走ろう。
あとはたくと自身と仲間を信じるだけ。
俺たちの道は間違ってないと証明しよう。
誰にも止められない。
よーすけへ
初めて会ったのは4月の選手権だったね。
これがあのさとよーかと。
色んな試合でふざけてるから変な人なのかと思ってたけど。
仲良くなってみたらめちゃくちゃ良いやつやし、色んなことしっかり考えてるし。
そのカリスマ性はほんとに宝物だと思う。
2年のインカレ。
忘れないよな。
1分00
最高に嬉しかった。
自分のベストより嬉しかった。
かっこよかったな。
去年のインカレ。
B決終わった後、プールサイドの端っこで泣いてるのを初めて見た。
苦しかったよな。
自分の弱さを見せないことはよーすけのいいところでもあり、悪いところでもあると思う。
もっと俺たちを頼ってください。
そんなに強がらなくたっていい。
泣きたい時は泣けばいいし。
弱音吐いたっていいんだよ。
全部受け止めるから。
俺たちを信じて。
とうとう最後のインカレだよ。
どんな心境かな。
よーすけなら絶対大丈夫です。
不安になる必要なんかない。
俺たちがついてます。
平泳ぎの中京。伝統。
色んなものを背負って戦うと思う。
よーすけらしさ全開でいこう。
最高の景色見に行こう。
たくととよーすけ。

2人がいなかったら俺はインカレまで水泳を続けることはできませんでした。
本当にありがとう。
2人のおかげで成長できたし、色んな景色を見れました。
次は俺が見せる番です。
恩返し。
絶対に後悔させない。
絶対目閉じんなよ。
みんなに伝えたいことはこんなところかな。
まだ伝え切れてなかったら会った時に伝えたいと思います。
あと1週間か。
早かったし、長かったな。
終わりたくないな。
みんなと泳ぐ毎日が俺の宝物です。
インカレについては多くは語りません。
みんなと戦う最後の夏。
最高の時間にしよう。
「俺は俺と俺を信じてくれる仲間を信じる。」

俺の人生、最高の夏休み



コメント