佐和田の水泳史

今日はFLYチームです!

FLYチームの抱負は”「あいつら、、空飛んでるよ、、」”です。

インカレで大量得点が狙えるFLYチーム

空飛んでしまうようなカッコいいレース期待してます!

 

ここからは本日の様子をお届けします!

こちら3年の東周平です。

念願のメンバー入りを果たして、最近練習も好調です!ダークホースとして活躍してくれます!!

 

こちらは

1年生コンビの森祐太と浅野雅久です。

今日2人ともレペどうだったかな?

持っているものはピカイチな2人

これからがとても楽しみです!

 

 

 

こちらは3年の松野心咲です。

良い笑顔ですね。何かいいことがあったんでしょうか?

 

 

 

てことで、ここから先はラストブログに移りたいと思います。

 

中京バックのエース吉田修一朗から引き継ぎました。佐和田歩夢です。

これは吉田くんが1年生の時の写真です。

これは吉田くんが3年生の時の写真です。

この垢抜け具合凄くないですか?

中京大学夢ありますよね?

そんな彼の好きな写真があります。

これめっちゃ好きなんですよね。

作った人天才だと思います。

そんな彼は200BAを入学から9秒上げしてます。インカレも3位。

垢抜けもできてインカレで活躍もして夢だらけですね中京大学は。

それではラストブログに移りたいと思います。

 

 

初めまして。佐和田歩夢です。歩夢と書いて”あゆみ”と読みます。間違えないようにお願いします。笑

毎年先輩方が書いていたラストブログを、ついに自分が書く番になってしまいました。

大したことは書けないので、小中高大の水泳のこととか、いろいろ話していこうと思います。笑

 

喋るのは大好きですけど、日本語おかしいことが多いのと自分語りが多すぎて結構長くなっちゃうと思うので、興味ない人も全然いると思いますが、よろしくお願いします。笑

まず僕は、

3人兄弟の末っ子で、13か4個上の兄と10個上の姉がいます。なので、ちっちゃい頃はたくさんの場所に連れてってもらって可愛がってもらいました。

 

両親にも、末っ子なだけあって兄姉よりも多分だいぶ可愛がられて甘やかされて育ってきました。

 

甘やかされただけあって、怒られるとすぐ萎えるけど、褒められるとすぐ元気になる、いわゆる”褒められると伸びる”タイプの人間に育ちました。笑

 

 

小学校時代は、沖縄でも全く勝てなくて、JOの標準も半フリで3〜4秒くらい足りなくて、JOとか誰が出れんのみたいな感じでした。

 

小学5年の時、僕が通っていたセントラル那覇が閉鎖することになってしまい、別のクラブを探していて

 

施設が出来上がってまだ1年も経っていなく、県内で唯一5レーン全部に羽根つきのスタート台が設置されているクラブを見つけました。

 

それが、県内最強
Nb沖縄スイミングスクールです。
当時は、強者揃いだからという考えもなく、体験で友達もできて、施設が良いからという理由だけで選びました。

小5でNb沖縄に移籍したら、とんでもない人たちがたくさんいました。

 

目標であり憧れであり、僕が頑張るきっかけになった先輩たちがたくさんいました。

 

のちに全中とJOでチャンピオンになる人や

全国放送の人気番組の取材が来たり、日本学童新記録まであと0.0何秒まで迫って、九州では優勝が当たり前の人だったり

県内でトップをずっと張ってる人だったり

 

刺激だらけで、頑張る以外にありませんでしたね。

 

県内では側から見れば超豪華なメンツと毎日同じ練習に励んでいて、毎日背中を追っかけて頑張ってました。

 

そしたら、中学3年で成長期と同時に爆伸びして全中JO国体全部出れるまで大成長出来ました。

初全国大会の全中は400と1500のFrに出ました。
結果は1500は13秒落ち、400は2秒落ちで全国の壁を感じました。

400はその時は知りませんでしたが、当時中2の岡田弘斗くんと隣で泳いでて負けてました。笑
今は岡田くんバックでタイム伸ばしてて期待の1人です。楽しみにしてます^ ^

 

そして高校時代

高校も順調にタイムを伸ばすことができて

高2の時400Frで0.0何秒ギリギリでインハイ標準を切ることが出来ました。

高2は出ることが目標だったのでめちゃくちゃ嬉しかったです。この調子で4分切って来年に繋げようって思ってました。

 

ですがインハイ本番、、

 

 

絶好調で迎えた長野インハイ。
これはまじで4分切れるって思ってレースに向かったのですが、まさかの4分13で最下位取りました。
確かその年は全中の女子が4分9で優勝してました。とても恥ずかしかったです。

 

それで高3は絶対リベンジするって決めて決勝に残るために全力で1年やりました。

 

 

結果は、、

 

個人でインハイ標準突破すら出来ずに終わりました。出たのは4継だけでした。

 

この時は流石に引退が頭によぎりました。

 

 

ですけど、水泳が大好きな僕にはやめるなんてことが考えられず、高知インハイの会場で草薙健太さんに中京行きたいという旨を伝えました。そしたら、ベストの時のレース映像見せてって言われました。

 

 

動画を見てもらった時に、
当時200Frで1分54秒のタイムしか持ってなかった自分に

 

“めちゃくちゃ良い泳ぎしてるね。絶対もっと伸びるよ。200Frで1分49、48目指せる。頑張ろう”って言ってもらってめちゃくちゃ嬉しかった記憶が今でも鮮明に残ってます。

 

これは大学に入ってから聞いた話ですが、
高知インハイ後のJOで僕が200Frで2秒ベストの1分52で泳いだ時は、とてもスタッフ陣で話題になったらしく、いまだに思い出すと嬉しいです。笑

そんな感じで大学でも水泳を続けることが決まってから、高校ラストの半年間は水泳漬けの生活してたこともあり、

高校ラストのサッカーの授業では足首を骨折・靱帯・捻挫もして大変だったけど、短水路も当時JO決勝狙えるレベルまでタイムを順調に伸ばすことが出来て、良い感じで高校生活を終えることが出来たと思います。

 

そして大学。

 

同期には、日本代表とインハイチャンピオン・表彰台・ファイナリスト、JOで活躍してるメンツたちがたくさん。

全国大会でB決勝にすら残ったことなかった僕は、

“俺に人権ってある?”って感じでした。

ですが、僕が中京に入った決め手は、

大見あおとって小学校からクラブが同じだった先輩がいて、おすすめしてくれたこと

同期に宮木ひろよし、杉山たいせいが入学するのを聞いたからでした。

200.400Frを専門にしてた僕は、

200.400.1500Frがピカイチに速い宮木と、400Frでインハイ3位だった杉山が同期にいることが魅力的で仕方なかったです。

 

2人とも草薙チームで僕はKJ・水上チームだったので一緒に練習することはほとんどありませんでしたが、集計でタイムを見るとびっくりさせられることがほとんどで異次元でした。

この2人以外にもバックやバッタで自分のフリーより速いタイムで来る人もいたり女子に普通に負けたり、

なんだここは人間卒業大学かよって感じでした。

 

沖縄では練習だいぶ強くて負けたことがほぼなかったので、

完全に井の中の蛙だったのに気付かされました。

そこからはもう刺激的な毎日過ぎて、先輩たちを追っかけるだけの日々でとても楽しく前向きに出来ました。

1年生の最初のGW強化期間は、
KJに合流してすぐで、練習きつすぎて熱が出たのを今でも覚えています。

うわ、明日絶対熱で休むことなるわ

って思って寝て起きたら熱治っててなんもだるくもなくて

練習行かんといけんやんってガッカリしたのも良い思い出です。笑

て感じで順調に練習を積めていて良かったのですが、、同期と先輩方は覚えている人もいるんじゃないでしょうか。

癖だった足首の捻挫の繰り返し

フィンによる足首の痛み・炎症

1年生の間に計5回以上は怪我して大体平均2〜3週間ずつ、1番酷い捻挫の時は2ヶ月くらいプル生活をしてました。

 

階段で足踏み外して捻挫したり

フィンの摩擦で足がパンパンに腫れてすごいサイズになったり

最後はまたもやサッカーの授業でドリブルしようとしたら1歩目で捻挫したり。。

 

最後のサッカーの怪我の時は、
光順さんにマジで怒られました。

 

“何回も気をつけろって言ったよな。何回足怪我すんの?”って言われました。

正直、
したくてしてないわって思いました。笑

隣で怒られてるのを見ていた拓也さんは
陰でコソコソ笑ってたらしいです。
許せないですね。笑

そんな感じで
プールで足を引きずってたり、周りの人から肩を借りて歩くことが多めでしたが、

1年の新フェスの400Frでまさかの、、

 

 

3秒ベスト オープン突破

 

 

でした。何が起こったかわかりませんでしたが、インハイも切れなかった自分が大学1年の間でオープン切っちゃって、同期も先輩もコーチ陣もめっちゃ喜んでくれて、めちゃくちゃ最高に嬉しかったです。

 

いまだに忘れられないレースです。

 

 

こんな感じでいろいろあったけど、充実してタイムも伸びて最高に楽しかった大学1年生でした。

 

 

ちなみに1年目はHACでした。
1年生で同期も多かったので楽しく頑張れてたので、良い思い出です。

 

 

次は大学2年生。

 

 

2年の初っ端の津田チャンのチャレンジレースで選手権突破したのも良い思い出ですね。

 

あの2本目弱い佐和田が2本目1秒上げするなんて周りもだし自分も全く思っていませんでした。

 

この時も中京のみんながめっちゃ応援して喜んでくれて会場が沸いて、とても嬉しかったのを鮮明に覚えています。

 

 

周りの人も自分的にもここまではとても順調な大学水泳だと思います。

 

 

ただ、ここからなかなか上手くいかないことが多かったです。

 

 

小中高と大学1年生まではずっと
自分の感覚頼りの練習してました。

 

 

ここをスッと入水して、キュッって水掴んで、クイって水押して、スーって伸びるみたいな感じでした。

 

 

でも、調子悪い日はそれが全く出来ないので、その日は諦めて翌日は練習行かずに休むみたいなことを高校までは平気で週1ペースくらいでやってました。笑

 

大学1年の時は調子悪いことが少なく意識しなくても勝手に出来てたのですが、

 

大学2年に上がってからその感覚で泳ぐことができない日が増えて、気づいたら全くできなくなっていました。

 

今まで、不調が続いたことなんて1度もないし、考えて水泳をしたことがなかったので、不調が続いた時の対処法が全くわかりませんでした。

 

そして、その不調を抜け出すこともできずにインカレが来てしまいます。

 

チームメイトがしっかりベスト更新したり決勝残ったりするのを見て、

 

アップの感覚も良くないし、タイムも遅いけど、なんだかんだインカレパワーでベスト狙えるかもって淡い願いを込めてレースに向かっていきました。

 

結果は、、、

 

 

 

 

当時のベストから2秒落ち 48位

 

 

 

生きた心地しませんでした。
控えじゃなくて沖縄に帰ろうか真剣に悩みました。

 

 

どんな顔してチームメイトに会えば良いのかわからなくて、地獄を見ました。

 

 

 

みんなベスト出したり、決勝残ったり、ビックサプライズ起こしてるの見て、めちゃくちゃ嬉しかったしカッコよかったし羨ましかったです。

 

 

でもなんも成し遂げてない自分が惨めすぎて、辛かった記憶があります。

 

 

ここまで辛くて悔しい結果に終わることは初めてで、絶対もうこんなこと経験したくないと思いました。

 

 

 

そんな感じで2年目のインカレが終わって、1週間ちょっとしたら国体がありました。

 

 

国体は沖縄代表で400Frに出場させてもらいました。

 

 

ちょっと前にインカレで大ズボりかまして、後半1分かかるような酷いレースをしてたので国体の時は

 

 

なんでインカレより距離倍なの?普通に無理でしょって思ってました。笑

 

 

そしたらまさかの2秒ベスト。

 

 

 

自分でも超びっくり。

 

インカレで失敗したとはいえ、流石に2秒ベストは嬉しくてルンルンでサブプール向かって、

中京のコーチ陣や先輩同期たちからの一言目は

 

 

 

 

 

 

今じゃねーよ

 

 

 

でした。そりゃそうです。
大ベストだったのに複雑な気持ちで終わりました。

 

 

こんなこともあって2年目の夏が終わりました。

 

大学2年の冬場は、オフ明けから調子が良くて結構良い練習が積めてて充実してましたね。

 

 

 

ここで大学3年生になりました。

 

 

 

この時にチームの方針の変更により、2年間過ごしてきたKJチームから水上チームに移動になりました。

 

 

大2の3月あたりから不調が続いていたので、お荷物が拓也さんに引き継がれてしまった形になります。

 

 

水上チームに来たら、あの吉田くんと大谷くんという超絶ストイック軍団がいて

 

 

 

 

俺もやらないと

 

 

 

 

って焦りました。そんな感じで調子も上がらない状態で焦った結果僕は

 

 

 

 

 

体調崩しました。

 

 

 

沖縄県選で200Fr 1分55秒かかって、絶望しましたね。

 

 

その時に、自分の体調と泳ぎに向き合う時間が増えました。

 

 

何をすれば自分のコンディションが良くなるのか、どこをどう意識したら泳ぎが改善できるのか。

 

 

初めてここで考えました。

 

 

 

漠然と速く、強くなりたいと思っていたけど

 

 

 

そのために自分の能力を引き出すために考えるのは、頑張って練習するのとは訳が違くてめちゃくちゃ難しかった。

 

 

 

そこで初めて
言語化っていうのを意識するようになったし、ストローク数数えたり、練習強度を意識したり、ドライの必要性を改めて再確認するようになったり、enduranceの重要性だったり、

 

 

 

 

練習のやり方はいくらでもあることに気付かされました。

 

 

 

 

 

なんで今まで考えずに感覚に頼り切っていたのか後悔しました。

 

 

 

そこから毎日、泳ぎについて考えるようになってから次第に体調も回復して、

 

 

 

 

3年目のインカレにも無事出場できました。

 

 

結果は、、、

 

 

 

 

 

 

ベスト更新してB決勝6位。

 

とても嬉しかったです。全国大会で初めて2本泳ぐことができました。

 

 

これは、

拓也さんや水上チーム、周りのみんなのサポート

水泳のことを真剣に考えるようになったこと

この2つがあったからだと思います。

 

これで大学3年の夏が終わります。

 

 

 

 

 

ここからラストイヤーが始まります。

 

 

みなさん結構思ってたと思いますが、

 

 

“佐和田4年目終わったな。”

 

 

そう思う人が多かったと思います。

 

 

周りからどう思われていたかはわかりませんが、

 

 

自分なりにやるべきことはやっていたつもりだったし、そうすればいつか調子は上がっていくと思っていました。

 

 

 

 

大3がそれで上手くいっていたのもあって、焦らないようにやっていたつもりでした。

 

 

 

焦ったら終わりと思ってたし、落ち着いていれば自分の力は発揮できる。

 

 

 

 

そうすればずっと目標だったインカレA決勝もいける。

 

 

 

そう信じてやってました。

 

 

 

 

 

でも、ラストイヤー上手くいかないことがほとんどで、

 

 

 

 

調子が上がらないからか、レース前の緊張感がとても嫌になることがほとんどで前向きにレースに臨めたのは少なかったです。

 

 

 

 

でも最後まで頑張れたのは、声をかけてくれる人たちのおかげでした。

 

 

 

 

“あゆみさんがいないと8継でメダル取れないんで、まじで頑張りましょ”

 

“お前泳ぎはピカイチなんだから、絶対もっとやれる”

 

“早く復活の1分50見せてよ”

 

 

 

 

なんて他にもたくさん自分に言ってくれる人たちがいました。

 

 

 

お世辞かどうかはわかりませんが、そう言ってもらえるのがとても嬉しくて、その思いに応えたいと思って頑張れました。

 

 

 

結果としては、最終選考の静岡で選手を引退することになってしまいました。

 

 

 

でも、

 

 

 

そう言ってもらえる選手になれたこと

インカレで2本泳ぐことができたこと

最強のチームで練習して、みんなで戦えたこと

いろんな面で成長させてもらった中京に入ったこと

 

 

結果論ですが、

 

 

 

本当に水泳してて良かったなって思いました。

 

 

 

最後悔しい結果で終わってしまったけど

 

 

 

水泳は相変わらず大好きです。

 

 

 

なんなら

 

 

 

生まれ変わっても水泳をすると思います。

 

 

数字として現実を突きつけられて、

こんなに難しくて、

考えさせられて、

苦しいこともある。

けど最高に楽しいスポーツ。

 

 

水泳以外にあるんでしょうか。

 

 

苦しいとかしんどいって思ってたあの時も、とても幸せで充実した時間だったんだなって、やっぱり引退が近づいてこないと実感しないと思います。

 

 

大学水泳は、小中高時代とは比べ物にならないくらい

 

 

 

夢のような時間で、
あっという間で、
僕の人生の財産です。

 

 

大学水泳がもっと続けば良いのにっていまだに思っています。笑

 

 

 

てことで、残りの期間は自分にできることを全力を尽くしてサポートさせてもらいます。後輩たちも遠慮なく言ってください。それが僕のやるべき仕事です。

 

 

 

 

 

語りすぎたので、
ここからは感謝のコーナーに入ります。

まずは両親。

3人の兄弟の中で1番お金がかかったと思います。基本的にやりたいことをさせてくれる両親だったので、大学中京行きたいって言っても学費が絶対しんどいと分かってるはずなのに、全く否定せずに”行きたい大学行きな”って認めてくれて感謝しかないです。入学する頃の見ていた未来とは違う結果に終わったけど、お金以上の価値がここにありました。これから少しずついろんな面で還元できるように頑張ります。17年間水泳続けさせてくれて、たくさんいろんなサポートしてくれてありがとうございます。

 

照屋昇先生。

このブログを読んでいるかはわかりませんが、僕が出会ったコーチの中で1番情熱に満ち溢れた方でした。今思えばとんでもない練習してたなって感じですが、それが僕を成長させる方法でした。照屋先生のポジティブさに高校時代の僕は確実に救われてました。なんでも僕に”できる!”と喝を入れてもらえてたおかげで毎試合ベスト更新をすることが出来てたんだと、大学に来て強く感じました。僕の水泳人生には欠かせない存在です。本当にありがとうございました。

 

古波津明先生。

天国でこのブログを読んでいるでしょうか。僕が全国に出られるようにさせてくれた最初のコーチです。全中、国体、九州大会、ずっと一緒にいろんな地を飛び回ったのは本当に良い思い出です。大学水泳で活躍するところを見て欲しかったのが本音ですが、高校でコーチが変わってもずっと声かけてレースも声出して応援してくれて本当に嬉しかったです。また、間違いなく沖縄水泳界を盛り上げたうち1人です。本当にありがとうございました。

光順さん

入学から2年間指導してもらいありがとうございました。オープン選手権を切れたのは光順さんの下で練習してたからです。自分の強みをガンガン伸ばしていくスタイルの練習で、とても楽しくすることができました。調子悪いとすぐ萎える僕に、”そんな考えるキャラじゃないだろ、考えすぎんなよ”って言われたのを定期的に思い出して、初心に帰るようにしてました。今思えば、自分のことを結構理解していたんだなと感じました。何回かしっかりめに怒られたこともありますが、今では良い思い出です。笑ありがとうございました。

 

拓也さん

全く調子が上がらなくて、超絶お荷物だった僕をベスト更新まで導いていただきありがとうございました。一生練習死んでるのにそれにも真剣に向き合ってもらって、ご飯も連れてってもらって食べるの遅くてたくさん待ってもらったり、数え切れないほど迷惑をかけたと思いますが、それでも見捨てずに最後まで一緒に足掻いてくれてありがとうございました。めちゃくちゃ手のかかる選手だったと思いますが、今度は僕が後輩たちの面倒見ます。

 

健太さん

中京に入学させていただきありがとうございます。当時なんの実績もない自分に可能性を感じて、期待してもらえたことが自分に自信を持つきっかけになれました。チームは違って直接指導してもらうことはありませんでしたが、たまに声をかけてもらえるだけでも凄く嬉しかったです。期待してもらった結果には足りなかったですが、この4年間は凄く充実してて、楽しかったです。ありがとうございました。

 

お世話

根岸

周りよりベストが遅い状態で入学して負い目とか感じることもあるだろうけど、

4年間もあれば何が起こるかまじでわからないから、周りの同期・先輩・コーチ陣を信じれば絶対大成するから、頑張れ!
大学1年生の可能性は無限大!

優心

水上チームで一緒にやってて、練習強すぎたりendurance速すぎたり全然バテなかったりストイックすぎて毎日ドン引きさせられてた。

俺にはキャパオーバーで一緒にやれることはなかったけど、ここまでやれる奴見たことない。けど俺の経験則だけど、たまにはサボってメインとかラストに溜めたりしても良いと思うよ。笑
期待してる。

田中

うちのお世話代表のポンコツですね。
そろそろ田中会開いて欲しい感じあるけど、楽しみにしてます。

ちなみに水泳もめちゃくちゃ良いもの持ってるからまじでこの調子で練習積めれば、来年まじであるよ。オフ期間絶対太ったりするなよ笑
いつか8継でファイナルゲートから出てくるの楽しみにしてるぞ。

了以

君は本当に強いよ。1ミリも心配してない。
集計見るたびにびっくりさせられるうちの1人。毎年選手権とインカレ前になると別格にバフかかってて、凄いというか羨ましいというか。
2バタもいけてスプリントもいけちゃうから、4継って可能性もあってきついはずなのに、そこにも真剣に向き合って取り組んでるの見て、本当に頼もしくてエースらしいなって思う。まだお世話以外でご飯行ったことなかったかな?ご飯行こうな。

 

白坂

全ブロで知り合って、もうちょいで4年経つかな?もう4年か、やばいね。
あと、ラストレース見れなくてごめんな。
俺もまじで見たかった。でも津田チャンはしっかり見てたぞ。最後まで頑張ってる姿は本当にかっこよかった。残り半年もお世話でたくさん遊ぼうな。お代は白坂持ちで頼むわ。。。

 

功太郎

俺が小6の時からの付き合いだっけ。11か12年?凄いね。あんなちっちゃかった功太郎が気づいたら俺よりデカくなって、水泳界でもデカい名前になって。先輩の俺何してんだろって思うこともたくさんあったけど付き合い長いからこそ、ここまでBIGな選手になったことになぜか俺も誇らしく思ってる。笑いつかめっちゃ大物になるんだろうなーとか思ってたら1年目にビッグサプライズまで起こしちゃって、あいつ小学校からの付き合いだからって自慢したいほど。笑
今年のインカレも期待してるし、いつか日の丸背負って戦ってるところ見たいな。
またご飯でも行こうな。

 

 

しづる、れいみ

しづるは水上来てからだから1年も経ってないか。れいみは入学してきてから意外とずっとだから2年半くらいかな。俺もサポート側になってから気付いたけど、まじで相当な高等テクニック持ってる。選手のテンポ取りながら25通過とかサークル回しとかするの、舐めてました。3.4レーン取りとか狂ってますね。これ見てる選手の人は、学生コーチの人に文句言うのは絶対やめて下さい。ほぼやってること犯罪です。
2人とも新チームでも、選手の要望に応える敏腕コーチになって良い意味で忙しく楽しいラストイヤーにしてね。

 

 

進士

俺らの始まりは高3の春JOだな笑
JOでライン繋がって入寮日に寮の廊下でばったり会ってそこで、白坂を除いて最初に出来た友達が進士だったな笑最初はお互いに”歩夢”って書いてあゆむとあゆみだから、間違えられた時だるって思ってた笑水上チームで初めて一緒になってからより仲良くなってサシでご飯とかも行くようになって、結構良い友達だと思ってる。笑
卒業してもお互い愛知だから社会人も定期的に集まろうな

 

水上チームのみんな

中々クセの強いメンバーです。特に、1年生。ただでさえ同期の吉田大谷もクセ強いのに、ジャーマン三兄弟とか、成績不振者だったり、練習量増えないと気が済まない奴だったり、鼻の骨折る奴だったり、横揺れで捻挫する奴だったり、先輩のことめちゃくちゃナメてるやつだったり挙げたらキリがないくらい濃ゆいメンツです。

でも、みんな何かしらの実績だったり高いポテンシャル、とんでもない行動力だったり、ストイックな一面をひとりひとりが持ってて、とても楽しみなメンツが揃ってます。来年は水上チームの選手が中京を引っ張っていくんじゃないかと僕は思ってます。とても楽しみにしているし、日常でもコーチとしても拓也さんを良い意味でめちゃくちゃ忙しくさせるチームにして下さい。引退卒業してもずっと応援してます。期待してます。

 

他の仲良い後輩たちへ

基本的に俺のことナメてるやつばっかだけど、なんだかんだ可愛い奴らです。桃鉄でばか煽ってくる奴だったり、スマブラめっちゃ弱い奴、大富豪弱い奴、部屋が腐卵臭する奴、彼女に振られる奴、マリカー弱い奴、他にもたくさんいます。
みんな癖強くて面白いけど、面白い奴で終わらないでな。俺みたいなナメられるやつじゃなくて、カッコいい先輩になってな。

 

こんな感じで僕のラストブログを終わりたいと思います。

このブログ文字数カウントしたら10000文字超えてました。

誰が興味あんねんって感じかもですが、ひたすら喋りまくりました。読んでくれた方々、ありがとうございました。

 

明日は

 

Screenshot

この漢。宮崎瞬くんです。

どんなラストブログを書いてくれるのでしょうか。楽しみですね。

 

では、お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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