川口開のラストブログ

こんばんは。

今日のブログの時間がやってまいりました。

 

まずはカウントダウン!本日の担当は赤松奈生です。卓さんと一緒に撮ってますね。

学生コーチの最高学年としてチームを引っ張ってくれてます!インカレでもよろしくお願いします🙇

次に今日の様子から。

中嶌楓花(4年)、平井然一(3年)、進士歩夢(4年)の3ショット。

3人ともいい顔をしていますね。真ん中の然一は学生コーチで、普段は陸にいるのですが、京都府ファイナリストの血が騒いだのかなぜか泳いでます。今は情けない体をしているので、インカレまでにバキバキになって、イカつい学生トレーナーになってほしいです。

これは佐々木チームのメンバーの練習ですね。

祐一郎さんの話を真剣に聞いていますね。

前に写っているのはTikTokで大バズりしているOBなべしょーさん。なべしょーさんのTikTokは個人的めっちゃ好きなので、どんどん投稿して欲しいです!

 

拓也さんの話をみんな集中して聞いてますね。

なんか拓也さんがお話しされている写真を多く見るのですが、これは拓也さんがちゃんと聞いていない人を後々確認して注意するために学生トレーナーに撮らせているのでしょうか。それぐらい拓也さんが話している写真を見ますね。まあ、これだと前田は確実にアウトですね。

また撮られてる。。拓也さん。。。

んで、また前田はちゃんと聞いてないな。

今日は伊東諒悟(1年)の誕生日でした。おめでとう🎊

諒悟とは2バタで試合でよく一緒に泳いでました。来年は、了以を筆頭に、同期の森と高め合って、中京のバタフライを引っ張って欲しいです。

誰かが誕生日だと、同じ誕生日の有名人を調べるのが僕の癖なのですが、僕は2004年の6月23日生まれで、芦田愛菜と生年月日が一緒です。とんでもない差をつけられています。同じ日に生まれたのに。。間違いなく04/6/23の最上層ですね。

 

 

 

 

 

 

どーも、石渡遥からご紹介を頂きました、04/6/23の最下層、川口開です。

 

今日インカレのエントリーランキングが出ましたね。ランキングがでると、何組で何コースに泳ぐかがわかってより一層緊張感が増してきました。僕は2コメと2バタに出場するのですが、個人的に2バタで法政大学の細沼と隣で泳ぐことがわかりました。細沼くんとは実家が走って10秒ほどで着くほど近所で、幼少期から高校までずっと一緒に練習をしてレースでも練習でもしょっちゅう隣で泳いでました。ラストも隣で泳ぐとは。。感慨深いです。

まあ、そんなことはさておき、

いやー、あと24日かー。

5歳ごろなのかな、だから今年で17年目。ずっと続けて来た水泳がもうすぐで終わろうとしています。

もうこんなに人生を捧ぐものは現れないだろうな。

そして最後のブログを書くにあたって、改めて考えてみました。

なぜ僕はここまで水泳を続けられたのか。

なぜ、ここまで頑張ることができたのか。

もちろん、純粋に速くなりたいとか、試合でベスト出したいとか、勝ちたいとか、、

そんな気持ちもありました。

でも、17年間を振り返ってみて、一番に出てくる答えは、

「水泳を通じて出会えた仲間の存在」

だと思います。

今日は、そんな僕の17年間を少し振り返ってみたいと思います。

僕が水泳を始めたきっかけは、多分ですが、自分からやりたいと言ったからではありません。

兄が水泳をやっていたことがきっかけで、ついでに連れて行かれていたのだと思います。

最初は本当に水泳が嫌で、泣きながらプールに通っていました。

それと、幼い頃は水泳だけではなく、体操やサッカーなど、いろんなスポーツをやっていました。

体操はいつの間にかやめていて、サッカーは暑くてやめました。

ただ、サッカーは当時から今もずっと好きで、小学生の頃は、周りの友達がみんなサッカーをしていたので、放課後、友達と一緒にサッカーをして遊んで、みんながまだ遊んでいる中、自分だけは水泳の練習があるので、一人で家に帰って、プールへ向かう。

今思えば、かなりわんぱくな生活を送っていたなと思います。

ただ、そんな生活の中で、水泳では少しずつ結果が出るようになりました。

小学校低学年の頃は、比較的順調に記録を伸ばすことができました。

小学3年生の夏にはJOの標準記録を突破して、リレーでは決勝に残ることもできました。

その頃はこれからずっとJOは出れるもんだと思っていました。

しかし、高学年になるにつれて、ベストタイムは更新できても、なかなかJOの標準記録を突破できない時期が続きました。

僕が通っていたスクールは全国的にもかなり強いチームで、JOを切っていない選手の方が少なかったと思います。

周りのみんながJOを切って、辰巳に行く。

そんな中、僕はスクールに残って練習する。

小学生ながらめっちゃ悔しい思いをしたのを覚えています。

そのまま中学生になっても、大した結果を残すことはできなくて、小5から中3まで、個人で全国大会に出場することができませんでした。

特に中3の全中予選。

2コメであと0.02秒。

あの0.02秒が切れなかったことは、今振り返っても水泳人生で一番悔しかった出来事の一つです。

ただ、今思うと、小中学生の頃の僕は、

「全国大会に出られないこと」

そのものよりも、

JO、全中前の合宿に参加できず、スクールに残って練習すること

の方が辛かったんだと思います。

周りのみんなが合宿に行って、みんなで楽しく練習している。

その中で、自分だけが残って練習する。

もちろん、「JOや全中に行きたい」という気持ちはありました。

でも、それ以上に、

みんなと一緒に練習して、みんなと一緒に遊びたかった。

という気持ちが強かった。

今思えば、この頃からすでに僕にとって水泳は、自分一人だけのものではなかったのかもしれません。

高校でも、当たり前のように水泳を続けることができました。

コロナもあって、思うように練習ができない時期もありました。

それでも、徐々に記録が伸び始めました。

高2では選手権を切ることができ、JO決勝など、今まで経験できなかった舞台にも立つことができました。

そして高3。

ようやく全国で戦えるレベルになったのにも関わらず、インターハイ前にコロナになって、大ズボリをかまして、何もできなかった。この時は、めちゃくちゃ悔しかった。

それまで積み上げてきたものが、一気に崩れたような感覚でした。でも、

「全中にも出られなかった自分が、ここまで来られた」

そう思うことで、なんとか前を向いていた気がします。

大学でも水泳を続けることも決めてたので、大学1年目から活躍してやろうと、そんな気持ちで夏後の半年間は頑張っていました。

結果を振り返ると、高校時代に一番楽しかったのは、結果そのものではなかったのかもしれません。

インハイ合宿だったり、GWとクリスマスの県合宿。

みんなで集まって練習して、飯を食べて、みんなで楽しく喋って過ごす。

その時間が本当に楽しかった。

合宿に行きたい、みんなと練習したいと言う気持ちが、頑張る理由になっていた部分もあったと思います。

結果を出すために頑張っていたはずなのに、

気づけば、

「みんなと一緒にいたいから頑張る」

という気持ちが、自分の中にありました。

埼玉スイマーの人たちは、今でも僕のモチベーションのきっかけになる人たちです。

そして大学。

僕にとって、ここで水泳に対する価値観が大きく変わりました。

それまでクラブチームで練習していた僕にとって、水泳は完全に個人競技だと思っていました。

レースで泳ぐのは自分だし、1人で泳いでるし。

だから、水泳は1人で戦う競技だと思っていました。

でも、中京大学に入って、その考えが大きく変わりました。

みんなで同じ場所、同じ時間で練習して、一緒に同じ飯を食べて、風呂に入って、寝る。

そして、オフの日はみんなで遊ぶ。

ほぼ家族同然。

練習では全員で声を出して、メイン前は原型をして、

お互いに泳ぎを見て、指摘し合う。

この高校までの環境では味わうことのできなかった、言い方合ってるかわからないけど「部活」というものを初めて感じました。

そんな環境で半年ほど過ごして、あっという間に1年目の初インカレ。

衝撃でした。

こんなにも応援されるのかと。

こんな1年のクソガキが入場した瞬間、スタンドにいる中京の人たちが一気に立ち上がって、自分に手を振ってくれて、ものすごい声で応援してくれる。

鳥肌が立ちました。

その時、初めて、

自分一人で泳いでいるんじゃないんだ、と感じました。

自分が泳ぐけど、後ろがいる。

チーム、仲間のために泳ぐ。

そして仲間が泳ぐ時は、自分が応援する。

その瞬間、大学水泳に対する考え方が変わりました。

今まで個人競技だと思っていた水泳が、

「団体競技」

と思えるようになりました。

大学生がインカレに全てを捧げる理由がよくわかりました。

あと、今まで少人数で練習していた自分にとって中京は本当に人数が多い。

4年生が卒業したら、また20人ほどの新入生が入ってくる。

自分が1年のときは、4年生の先輩たちが卒業していくのが本当に寂しくて、「この人たちがいなくなったら、もう練習できないわ。」

本気でそう思っていました。

でも、そんなこと思ってたら下から、

前田、福原、大地くん、岩村、林(笑)とか。。

また面白い新しい仲間が入ってくる。

こんな人との出会いが経験できることはすごいことなんだとも感じました。

同じ大学を選んで、出会えた仲間とインカレに向けて、一緒の目標を掲げて練習に励む、この時間が今となってはかけがえのない時間で、これこそ青春だなって思いました。

今の下級生は自分たち4年生のことをどう思っているかわからないけど、間違いなく、自分はインカレが終わって一緒に練習ができないことに寂しさを感じてるし、当たり前のように会っていた人とも簡単に会えない寂しさを今でも感じています。

まあ、この感情が芽生えることができたのもこの4年間で出会えた先輩、同期、後輩のおかげです。

僕は、17年間ずっと水泳が好きだったわけではありません。

練習が嫌で、高校の時は、1ヶ月2、3回は体調不良という名のサボりをしていました。

それでも、なぜ続けてこられたのか。

それは、

水泳と通じて出会えた仲間がいたからです。

冒頭で話した、埼玉スイマーのみんな、中京で出会った先輩、同期、後輩。試合で戦うライバル。

この人たちがいるからここまでこれました。

一緒に頑張る人がいたから、ここまで頑張れたと思います。

 

ありがとうございます。

 

 

 

大学でお世話になった人はいっぱいいすぎて書ききれないので、特に、特に、お世話になった人を出してまとめて書きます。

真叶さん、しーたさん、大陽さん、きゃまさん、ワトちゃん、太陽さん、辻ディー、碧波さん、西小野さん、トモヒロ。(学年順)

草薙チームの人には、本当にめちゃめちゃお世話になりました。

水泳のことから、遊びまで。

大学生ってこんなに楽しいんだと思わせてくれたのは、この人たちのおかげです。

この過ごした時間はかけがえのない宝物です。こんな経験をさせてくれてありがとうございました。

 

インカレまであと24日。。

 

 

こんな人のために喜べる人は中々いないよ。最高の仲間。

俺もレースをしてこんなに喜ばせたいし、みんなのレースを見て、喜びたい。

これまでの水泳生活で出会いお世話になった方を思い浮かべながらラストインカレ全力で泳ぎます。

 

応援よろしくお願いします!!

 

 

 

 

あと、やっぱり言わなきゃいけない人。

健太さん

入学当初は、メニューの意味もよく分からず練習を間違えたり、ストローク数も何も数えていなかった、能天気スイマーを4年間指導してくださり、ありがとうございました。

そんな僕も、少しは成長したでしょうか。

特に今年は、本当に心配をおかけしました。

僕自身はそこまで感じていなかったのですが、周りの人から話を聞くと、相当心配してくださっていたそうで。本当に申し訳ないです。

この4年間、どんなに間違ってると思っても健太さんを信じてやってきました。

インカレは、今まで一度もベストを出したことがありません。

というか、夏の本番でベストを出したことがありません。

でも、ラストくらいは出したい。

これまで健太さんを信じて積み上げてきた4年間が、間違っていなかったと思ってもらえるようなレースをします。

そして最後は、ベストを出して、固い握手を交わしましょう。

 

 

最後に両親

ここまで水泳を不自由なく続けさせてくれて、大学まで通わせてくれて、本当にありがとうございます。

そしてこんなに素晴らしい経験もさせてもらってありがとうございました。

水泳をやってよかったです。

東京で試合がある時は、毎回欠かさず最前列の席に座って、今シーズンは中インの金沢と愛知県戦とにも応援に来てくれました。

今シーズンは遅すぎてレースで笑った顔も見せてないと思います。

ラスト、とてつもない重課金をしてもらったので、笑って決勝ゲートの入場ができるように、死ぬ気で泳ぎます。頑張ります!!

 

 

 

 

こんな感じでおーしまい。

明日は、

沖縄出身の麦わら帽子がとても似合う結城大志です。

楽しみにしてください。

 

 

 

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